房総半島にあるとある海岸から大きな風船が打ち上げられる。
風に流され空へと消えていく桜色の風船を計器で追って測定する迷彩服の男達。
この結果次第で今日の訓練が実行されるかどうかが決まるのだ。
自衛隊の訓練全般に言える事であろうが、
少しでも危険があれば訓練は容赦なく中止される。
今回は少し風が強いようだが、GOサインが出た。
これから年に1度の珍しい訓練が始まる。
水上降下訓練、それは読んで字の如く落下傘で海に降下する訓練である。
大空を舞うチヌークから飛び出てパラシュートを開き、
紺碧の海へ近づくとパラシュートを切り離して入水する。
そして海に不時着した隊員は、
ボートに回収され浜辺までピストン輸送されるという工程になっている。
ここで1つ疑問が浮かぶかもしれない。
精鋭中の精鋭である空挺隊員ならなぜ岸まで泳がないのか?
答えは結構意外なもので、
この訓練に泳力は求められていないのだという。
水上降下訓練は、あくまで意図せず海に着水した時を想定していて、
積極的な運用を目的としていない。
なので、泳ぐことを想定した服装での降下が出来ないのだ。
重い戦闘靴を履いたまま泳ぐのは幾ら体力があっても簡単な事ではないだろうし、
もし脱いで泳げたとしても、戦闘靴を紛失でもしたなら一大事だ。
(そんな事まで自衛官に気を使わせなければならないのは、日本人として恥ずかしい限りですが)
そしてそれ以上に大きな理由が日程にある。
水上降下訓練は一般の海を使うという特殊な訓練である為、
1日で全てを終わらせなければならない。
このタイトなスケジュールで、
1人でも多くの空挺隊員に水上降下を体験してもらわなければならないので、
悠長に泳いでいる時間が勿体ないということらしい。
泳力はプールで高めることが可能だが、
水上降下訓練は替えが利かない貴重な訓練なのである。
水上降下訓練の後、空挺隊員の方にお話しを伺ったのだが、
中でも特に熱く語っていたのが地元住民の方への感謝の気持ちであった。
水上降下は多くの方の協力があって成り立っている訓練で、
特に鋸南町の住民の方の理解と協力が大きいという。
確かにこれが湘南辺りの海だったら、
良くも悪くも混乱が生じてしまうかもしれないが、
ここ鋸南町ではまるで生活の一部であるかのようにほのぼのとした時間が流れていた。
そして訓練を終えた隊員の方たちがお礼とばかりに浜辺のごみ拾いをしていたのも印象的であった。
それともう1つ教えて頂いたのは、リガーという落下傘整備士の存在だ。
パラシュートのメンテナンスを一手に請け負うのが落下傘整備中隊で、
落下傘の回収、運搬、洗浄、乾燥、包装といった作業で後方から空挺隊員を支えている。
この水上降下訓練でも、赤いキャップのリガー達の活躍を見る事が出来た。
陸上自衛隊 第1空挺団 水上降下訓練
令和5年8月25日(金)
千葉県鋸南町保田海岸沖