最後に横田基地日米友好祭に来たのはかなり昔の様な気がする。
当時は席に座って食事をする事も出来るくらい人もまばらだった。
アメリカ軍人がこの機会に外貨を稼ごうと、
積極的に声をかけてきて面倒だった記憶があるくらいだ。
福生と言えば、自分の青春そのもので、
ここへ来ることはノスタルジーに浸ることでもある。
過去を振り返る事があまり好きではない自分にとって、
良い思い出ばかりの福生も何故か避けてきた場所の1つだ。
福生の駅前に立つと、あまりの変りように年月の経過を感じたが、
裏道に入ると、昔と変わらない妖しい店が立ち並び、
忘れかけていた思い出が蘇る。
この道を通って“外人ハウス”へ行ったな、と。
あれは自分が大学生だった頃だ。
当時通っていた英語学校
(英会話教室ではない)
があまりにもつまらなくてサボり始めていた頃、
ひょんな事からアメリカ軍人が教える英会話教室を知る事になる。
学生の身には優しい料金設定が魅力で、
好奇心もあり横田基地に勤める軍人さんの家に通うことになった。
軍人が教える英会話には教材が無い。
しかも先生は日本語が喋れないので、
必然的に英語でやり取りすることになる。
最初は戸惑うこともあるだろう、
そう思っていたが、
戸惑うどころか毎回行くのが楽しみになる程、
授業は日本人の自分にとってあまりに世界が違っていた。
ゲームをしたり、料理をしたり、時にはDIYをしたり、
何をするにもいちいちカルチャーショックがあるので、
それがまた楽しみだった。
さて、最初に教えられる英単語がある。
イギリスではたまに聞く単語なのだが、
アメリカでは放送禁止になる類の言葉だ。
綴りが分からないのでここには記さないが(笑)
実はこれがとても役に立つ。
軍人さんはパーティーが大好きだ。
そこで必ず行われる儀式の様なものがあって、
ある軍人さんが、
「先生にどんな言葉を習ったんだ?」
と聞いてきて、
言葉は生き物なので、
現在でもそのスラングがアメリカ軍で使われているかは分からない。
それから1年程通っただろうか。
先生がアメリカに帰るまで続いたのだが、
その間には、まだ日本に無かったバーガーキングに連れて行ってもらったり、
日本に輸入が禁止されていたカリフォルニア米を食べたりと、
色々な経験をさせてもらった。
ただ困ったこともある。
カジノだ。
自分は賭け事をしないのだが、
「自分の隣に座ると当たる」
という変な噂が流れてしまい、
よく基地内のカジノに連れていかれたものだ。
ただ、あまり安くない基地内のレストランでご馳走になったりして、
授業料を払っても先生は赤字だったような気もするので、
そこは喜んでカジノで勝たせてあげました(笑)
フレンドシップフェスティバルで久しぶりに米軍基地の中に入ると、
結局はノスタルジーに支配されることになる。
先生が今どこで何をしてるのかも分からないが、
ただただ感謝しかない。
その想いが伝われば、ここに来た甲斐があるのかもしれない。